東京高等裁判所 昭和43年(う)1905号 判決 1968年11月27日
本籍
横浜市南区大岡町字寺ノ下二一三七番地
住居
右同
洋装生地販売業
上野尚義
大正一四年一〇月二一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四三年四月八日横浜地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し原審弁護人より適法な控訴の申立があつたので当裁判所は次のように判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件の控訴の趣意は弁護人高橋栄吉作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
所論は原判決の量刑不当を主張する。
よつて考察するに、関係証拠によれば、被告人がイボンヌ洋装店の経営者を姉の上野芳子名義としたのは、所論のように万一の場合に処し同女の経済上の地位の確立を図つたものではなく、その方が、累進課税の関係で、税金面で有利だと考えたによるものと認められ、そのほか犯行の期間、営業の規模、逋脱額等に微すれば、所論指摘の被告人に有利な事情をできる限り斟酌しても、原判決の量刑が不当に重過ぎるものであるとは認められないので、論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
検事 古谷次 公判出席
(裁判長判事 脇田忠 判事 関重夫 判事 環直弥)
控訴趣意書(昭和四三年(う)第一九〇五号)
被告人 上野尚義
右の者に対する所得税法違反被告事件につき控訴趣意を左記のとおり述べる。
昭和四三年一〇月三日
右弁護人 高橋栄吉
東京高等裁判所第一刑事部御中
記
一、本件は被告人がしやるむ洋装店とイボンヌ洋装店を経営しており昭和三八年、三九年、四〇年の所得金額を実際より少く申告して合計三〇、二三九、九八〇円の所得税を免れたと云う案件である。
原払決は右事実を認めて所得税法違反とし被告人に懲役六月執行猶予三年及び罰金六〇〇万円を言渡しておる。
二、原審の右払決は以下記述の理由により刑の量定が不当であり著るしく過重であると思料する。
被告人は本件捜査段階から一貫して本件公所事突を争はないのであるが本件公所事実即ち原払決認定事実の計算の基礎となつた帳簿その他の資料は多数に上りこれを検討して正確を期することは甚だ困難と思われるのである。即ち第一売上金額の実数、必要経費の項目実数、金額など到る処推定を重ねて行かなければ算出し難い数字が充満しておるのである。従つて被告人の認めると否とに拘らず若し新たな資料を蒐集してこれを争うとすれば多数の日子と各方面に亘る物証、人証の大量の証拠調を必要とし関係係官に大きな迷惑を掛けるに至ることは必至である。
本件が捜査線上に浮んだ当初から被告人は此の事を念頭におき且額の大、小はともかく国家に納税すべき責任を果さなかつたと云う点において衷心から改悔の明け暮れを過し自分が長年経理関係一切を従業員に任せぱなしにして来たこの手落を自責して進んで各資料を提出して捜査官の取調べに協力して来たのである。
そして脱税として上げられた金額は無理算段して漸くその全部を納付したのである。此の為に被告人は営業資金その他日常生活費の支出にまで多大の苦慮を続けておるのである。
次に被告人が姉上野芳子名義でイボンヌ洋装店関係の税金申告をしている点は如何にも不正手段を弄して居るかの観があるのであるが、これについては已むを得ない事情のあることを見て頂きたいのである。
姉上野芳子や被告人の供述書の記載上は原審で検察官の主張した如くたつているのであるが実情は詢に微妙な状態であつて一概に検察官主張通りとは思へないのである。
即ち被告人は、母、姉、弟と親子兄弟の家庭にあつて家族全員で生活して来ており終戦後その家族一同で「レッサン」と云う生地販売店を初めたのが営業の起りである。その後イボンヌや、しやるむ、を開店した時も家族全部で助けあつており被告人が主としてこれに当つたことは勿論であるが姉も始終その手伝をしており、数十万円の資金も出しておる。そして結婚してからも離婚して家に戻つてからも自分の家の営業としてこれに手伝つたり相談に与つたりしており、また結婚、離婚に拘らず常に被告人から生活費の援助を受けており毎月何万という金額を被告人から受取つておりこれを生活費援助と云うか営業資金に対する分配金と見るかは別としても、ともかく斯様な関係にある姉にイボンヌ洋装店の営業名義を与えていたことは決して無理とは思へないのである。事実被告人は姉が不幸にして、夫運に恵まれず離婚、再婚、別居と地位の不安定を繰返しておることを心配しイボンヌを姉さんの名義にしておくからと言うて万一の場合はこれが経営の責任者としてその経済上の地位確係をほのめかして居るのである。此のことは決して公所事実の否定の目的で述べるのではなく被告人と姉との経済生活の実情を述べてこれが脱税の不正手段の目的の為に為されたものでないことを明らかにしたいからである。
本件は被告人が長い間従業員に経理一切を委せていたことが誤りの根本であり姉名義の実情は上述の通りであり、その脱税と云はれる金額は決して少くないのであるが被告人のこれに対する作為、行動の面を主観的に見ると被告人の違反行為に対する悪性と云う点は甚だ少いのである。即ち行為後の改悔、反省の状態と多大の困難をおして違反税額を完納しておる点等に照しこれを厳重に責めるのは酷であると思はれるのである。
三、どうか被告人の犯行の実態、行為後の改役の情実後の営業の継続、これ迄に格別前科と云うべき程のものもない善良な経済人であること、被告人が本来は横浜市大医学部出身で医師になるべき人間であつて初めからの商人と稍々異なる点等諸般の事情御検討の上原払決を破毀し、懲役の刑期、執行猶予の期間、並に罰金の金額を減少さられたいのである。